前回は、望みにフォーカスすることが大切だということを伝える上で、逆方向の諦めベースの考え方はどのようなものかを知っていただきたく、自分の経験も交えてお伝えしました。
今回は望みへフォーカスするということについて詳しく書いていきたいと思います。
まず「望みへフォーカスする」というのは自分が望んでいるものがどういうものなのかを自覚することです。引き寄せの法則などでは、よくポジティブになれ!そうすればポジティブな出来事が起こる!ネガティブになると逆にネガティブなものを引き寄せる!とかよく言いますよね。
だから初めからポジティブにポジティブに…と引き寄せの法則が上手くいくかに着目してしまい、自分の本音が置き去りになってしまうことがあります。
そのため私は、所謂ネガティブな感情と言われるもの願いや言葉も大切だと考えています。例えば、○○になりたくない!○○が起こったらどうしよう…などです。
○○になりたくない!も○○以外の理想の状態があるということですし、○○が起こったらどうしよう…は○○が起こってほしくない、ということです。
私はあの専門時代の絶望から、上手くいったと思ったらまた停滞して絶望という流れを繰り返していました。最近になってもその流れから抜け出せず、上手くいったと思ったらまた終わり…。
でもやっと、もうこんなの嫌だ、なんで今までこんな不遇を受け入れていたんだろうと思いました。自分は失敗するのが当たり前だ、と知らず知らずのうちに思い込んでいました。現実的に考えて、こうしたいと言いながらそれが失敗した時のことを考えている、こんな人が、はたから見て成功すると思えますか?やりたいと決めたなら、それを上手くいかせるように考えるのが目標に向かうということですし、気持ちと行動と言葉が一致している状態だと思います。すべてが一致していると一直線にエネルギーが使われているので、実現するのも早くなります。イメージはロケットです。エンジンの噴射口が四方八方についていたら狙って飛べません。同じ場所にまとめてついているから直線の爆発的な推進力が生まれるんです。
そして受け取ることを自分に許可して、それにふさわしいと感じてください。自分を許せば、情報が入ってきたり、気づきを得られたり、ラッキーなことが起こりやすくなることを感じられると思います。物を手に入れることも可能です。
そこで私は、自分が嫌だと感じていることから、本当に望んでいるものが何かを考えてみました。
嫌だと思いながらも受け入れてしまっていたので、まずは明確にこれは嫌なんだと確信することから始めました。最近起こった上手くいかないことは人間関係で、色々ごちゃごちゃした状態が続き、自分の価値も否定されたように感じ、人を信じることができないし、また嫌な事を言われたら嫌だなと恐怖心がありました。しかしどこかでこの展開は当たり前だなと、起こるだろうと思っていたことでした。でもよく考えたらこんなの望んでません。もう恐怖心や疑いがあるような関係性はうんざりです。じゃあ私はどういった関係性を望んでいるんだろう、と考えました。
スペックが高いから付き合うとか、ドキドキできないと無理~みたいな恋やなんだじゃなく、愛が土台の夫婦のような安定感が欲しい。私の中でのパートナーシップは人生を共に戦える仲間のようなイメージで、これが理想です。そして浮気や不倫なども、人間は動物と違い理性があるので抑えられるはずですし、あるのが当たり前という世界線には関わりたくありません。私は堂々と自信を持って生きていきたいからです。
前に見て保存しておいた動画が久しぶりにまた出てきて理想を思い出したのですが、人間性が素敵で魅力的でよく見ている方も、「倦怠期っていうけどそれって本当に倦怠期なの?恋から愛へ変わるときはスローだっていうわよ?恋から愛の移行期間じゃない?」っておっしゃっていて、確かに私にもその感覚があるな、だからもう好きじゃなくなったかも…とか不安になったりしないんだと気が付き、自分の指針はこれでいいんだと確信しました。
さらに、自分が考えていたことに関連した情報が入ってきました。私が大好きなゲームである龍が如くに新しいタイトルが出ました。過去作の龍が如く3のリメイクで、そのリメイクと同時にアナザーストーリーである外伝が発表されました。その外伝の主人公は峯義孝といって、私が印象に残っているキャラクターの一人です。そのトレーラーで峯が、「金もなく、誰にも愛されず、極貧と孤独の中で自分と向き合う日々…そこで俺は金と力を手に入れると決意した」「だが金も地位も手に入れたが満たされず、俺が本当に欲しかったのは、他人の代わりに死ねる絶対的な絆…そんなものが本当にあるのか確かめるため組に入ることを決意した」というようなセリフを言っていました。これはまさに私も考えていた、物質的なものじゃなく目に見えないものが大切だという考えを肯定してくれているようなタイミングでした。お金や地位・名誉だけあればいいかと言われればそうじゃないと私は思います。心の豊かさの方を重視していて、正しいか正しくないか、いかに自分が儲けられるか、いかに自分が成功しているか、みたいな常識や、資本主義的思考、競争社会の渦に巻き込まれるんじゃなく、本当に自分がどうしたいかを大切にし、誇りを持てる生き方をしたいと切に願っています。本当に大切なものは自分の中にある、ということも、私の大好きな龍が如くでセリフとして出てきました。
自分は何を望んでいるんだろう、本当に欲しいものは何か、本当はどうしたいか、などを否定して抑えず、肯定し始めた時、ちょうどいいタイミングで情報が手に入ったり、心に響くような言葉に出会えたり、それによって素敵な考え方を持っている人もいると気づけたりなど、自然な流れで自分が快適な方向に向かっている感覚がありました。
あなたには幸せな方向がふさわしく、自然にいい方向へ向かっているのだから、肩の力を抜いてそのままの、素直なあなたで居るだけで大丈夫です。
望んでいる方向を見るというのはこういうことです。文章にまとまりがないかもしれませんが、どこかお伝え出来た部分があれば幸いです。
一言まとめ
自分には嫌な状況や失敗がふさわしいんだ、と思わなくていい!もっと正直に欲しがろう。
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